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人生の意義(じんせいのいぎ、The meaning of life)は

人生の意義(じんせいのいぎ、The meaning of life)は、人間の発する究極の問いのひとつ。自然な日本語では「人生の意義」などとは表現せず、むしろ「生きがい」という表現のほうが定着している

この問いは、数ある哲学的な問いの中でも、おそらく最も古くから存在し、普遍的に存在する問いであり、多くの人間が想い抱く問いであるといえよう。「意義」という語が多くの解釈を持ち得ることもあって、この問いは漠然としている。「生きる事・人生の意義とは何か?」というこの問いに対する直接的な回答よりも、それを考えること自体に比重が置かれている場合もあり、人により様々な意味あいを持っている。

人が生きていく時間は長く、また、様々な思いが生まれ出てから果てるまで交錯する中で、自分自身の生を意識することが、また、他人の生を意識することが、人の常であるためである。この命題を問い掛けるもの、思い悩むものは、古今東西を問わず、様々な場所で見出される。

この問いは、経済的に豊かな国でほど切実な問題となってくる傾向がある。経済的・物質的に豊かな国の人々ほど、ひどい「空虚感」や「心のむなしさ」にさいなまれている人の数が増える傾向がある。アブラハム・マズローは人間は基本的欲求のすべてを満たして、ようやく「自己実現の欲求」といった高次欲求にかられ始める、と言っているが、「豊かな社会」は基本的欲求を満たしやすい社会なので、高次の欲求が発現しやすく、それが満たされない苦しみにさいなまれやすい、という面がある。[2]

この問いは、そもそも自身の価値観の決定あるいは態度決定に関する問いであって、普遍的な事実に関する問いというわけではないので、学問や科学は、この問いに対する解答を与えてくれはしない[3]。

人が感銘を受ける模範解答の多くは、宗教や哲学に存在している。あるいは文学や音楽などの芸術作品にも数多く存在する。ただしそのいずれも、やはり万人に有効な普遍的回答、というわけではなく、人の一生は各個人に固有のものであるため、ひとりひとりが自分で回答を見出してゆく努力が必要とされる。

同様の問いとしては「幸福とは?」「人生において貴重なこととは?」などがある。同様の理由で、これらの命題についても万人に当てはまる結論が見出されているわけではなく、各人が自力で見出してゆく必要がある。
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このような命題が人の心を捉える時期は3つある、とも言われる。ひとつは思春期であり、この期間を経た者の多くは、その段階なりの解答を持つ。中年期にもこのような問いが心を捉えることがある。これは「中年期の危機(en:Mid-life crisis)」などとも呼ばれる。深層心理学者のユングがこのような中年期の危機の問題に早くから関心を抱いた。 傍から見ると特に何の問題もない人で、むしろ財産・地位・家族などについては恵まれた状態の人に、このような問いで悩む人が多くいる。若いころに、「財産・地位・家族などを手に入れれば幸福になれるに違いない」と思い込み、ひたすら頑張ってきたのに、いざそれらを手に入れてみると、まったく幸福という実感が無く、自分の人生に「大切な何か」が欠けている、という気がして仕方なくなり、「人生のむなしさ」を痛感する人が多いのである。 この段階で、あらためて「残された人生で、私は何をすることを求められているのだろう?」「自分の人生を意味あるものにするためには、今後どう生きてゆけばいいのだろう?」という問いに真正面から向き合うことになるのである[4]。

そして老年期にも、このような問いが心をとらえることがある[5]。神谷美恵子は以下のことを指摘する。 「自分の存在は何かのため、またはだれかのために必要であるか」という問いに肯定的に答えられれば、それだけでも充分生きがいをみとめる、という人は多い。老年期の悲哀の大きな部分はこの問いに充分確信をもって答えられなくなることにあろう。よって老人に生きがい感を与えるには、老人にできる何らかの役割を分担してもらうほうがよい。また、愛情の関係としても老人の存在がこちらにとって必要なのだ、と感じてもらうことが大切である

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2009年06月12日 18:08に投稿されたエントリーのページです。

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